匙を投げたいけど

匙を投げたいけど

面倒くさがりで面倒なオタクが、脳トレがてら考えたことを書いています。

料理好きな人の脳内がはかり知れない

以前も書いたのだが、私は料理が苦手だし、熱意もない。そして料理が得意な人が何を考えているのかわからない。料理が得意なキャラクターが出てくる話を書けない、とかそういう話ではない。いやもちろん書けないけど。



幸い我が家は夫が料理上手で(本人いわく、料理は好きではないし得意でもないそうだが)料理を担当することに抵抗がないおかげで、事なきを得ている。そういう約束で結婚したわけではなく、むしろ夫は結婚したら私が主に料理をすると考えていたようだ。が、私が作ったものを実際に食べてみて、自分が主に料理を担うことを決意したらしい。私は料理をするくらいなら粗末な食べ物でもかまわないが、夫はおいしくないものを食べるくらいだったら、自分で自分好みに料理したものを食べたいタイプなのだ。私にとっては二重においしい生活である。おかげでダイエットは連戦連敗中だ。



さて我が家の料理担当の夫は、よくメニューや味付けの選択肢を挙げて「どれが食べたい?」と訊いてくれる。食べたいものがあるときは、正直にそれを答えている。が、強く希望するものがないことも多い。そんなときの私の答えは「手間のかからないもの」「いちばん楽に作れるもの」となる。自分が逆の立場だったときに、そう言われるのがいちばん気が楽だからだ。



ただ先日Twitterで、料理が好きなのであろう人の「最近は少し時間があって、手の込んだものを作れるようになって嬉しい」といった発言を見た。天地がひっくり返るほど…とまではいかないが、かなりの衝撃だった。こういう人にとって、私の「手間のかからないもの」というリクエストは失礼な、やる気を削ぐものになりうる、と気づいた。もしかして夫も「やりがいがない」と感じつつ私の答えを受け止めているのだろうか、と焦った。



そこで「手間のかからないもの」というリクエストは夫に対して問題があるのかどうか、確認した。



すると夫は別に料理が好きなわけではないので「手間のかからないもの」という答え方でも問題がない、と答えた。「希望が特にないんだったら、自分が食べたい味にするから大丈夫」とのことだ。よかったよかった。



しかし私自身は料理が苦手すぎるし、Twitterのタイムラインには育児が大変で料理に苦慮している人の言葉が多く流れてくる。私自身にも他に目を向ける余裕がなく、プロ以外の全世界の人はしぶしぶ料理をしているものだ、といつの間にか思い込んでいたようだ。



「人の立場になって考えなさい」とよく言われる。自分でもその大切さはわかっていたつもりだったが、わかっていなかった。ちゃんと注意を払っていないと、こんなに簡単に忘れてしまう。ちゃんと注意を払って、料理上手な人の気持ちも想像できるようになりたい。そしていずれは料理上手な登場人物がいても臆せず小説を書ける人間になれたら良いなと思う。